大久保山の藩境石塚を調査し、戸町電波塔山へ 2013年10月

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大久保山の藩境石塚を調査し、戸町電波塔山へ 2013年10月

2013年10月20日(日)快晴。大久保山(標高233.7m)の藩境石塚を調査し、戸町電波塔山へ。参加10人。みさき道歩会の例会。
女神バス停9:30—白崎台場跡9:56—白崎藩境石10:04—大久保山藩境塚群10:45—大久保山11:30(昼食)12:05—魚見岳トンネル上部展望岩12:42—戸町4丁目石橋13:
35—戸町切通バス停14:00(徒歩距離 約8km)

女神から白崎バス停まで歩き、石段を上がって行く。左の竹林内へ入ると、「白崎台場跡」で、不思議な長い石柱が残る。石段の突当りには、藩境石「従是南佐嘉領」が石垣に組み込まれている。長崎港口を見ながら小ヶ倉の方へ少し進み、大久保山の尾根に取り付く。
藩境石に続く藩境塚群をたどる。西尾根のこの間は8基が確認できる。「八郎岳子午線標」の先が、すぐ大久保山の山頂である。

昼食後、女神大橋魚見岳トンネル上部の方へ下る。少し登ると大橋と長崎港の展望が良い岩場がある。ダンギクが自生していたが、撮影忘れた。ここから戸町電波塔山へ縦走する予定だったが、道が荒れて先がわからない。仕方なく戸町切通バス停へ下った。
お蔭で戸町4丁目の郵政職員アパート手前の川で、アーチ式石橋と桁石橋を発見。ここに戦時中、火薬庫があり、軍道の橋と思われる。石橋の項は別の記事とする。
ダンギクは、戸町4丁目自治会掲示板文化ニュースが、珍しい大陸系花として掲載していた。

本ブログ2007年7月記事「大久保山から戸町岳に残る天明藩境石塚の調査」は、次を参照。
https://misakimichi.com/archives/85