区ー特 山川河内と潮見の旧道峠 (確認 長崎要塞区域標 第二十七号)
2012年10月21日(日)、網場金比羅岳と不動山に登り、太田尾町山川河内へ下った。山川河内公民館前の道角に、茂木町郷土史に記録がある大正12年の道案内標石が転がっている。
次の記事を参照。 https://misakimichi.com/archives/5429
標石が示す「矢上道」を通って潮見町上の峠へ出た。車道ができる前の街道。農道と出合った峠で、思わぬ標石をN氏が発見。
御幣を巻いていたが、外すと刻面があり、「長崎要塞区域標」「第二七号」「陸軍省」「明治三十二年六月十日」。網場金比羅岳山頂のが、「第二十八号」だから、1つ前の番号である。
峠から潮見町へ農道の下りで、網場金比羅岳を見上げる場所。太田尾町などで当時、だいぶん聞き込みをしたが、話がなかった要塞標がここで見つかった。昔の街道を歩いた甲斐があった。
最近2年、伊王島沖ノ島の遠見岳、戸町岳新戸町登山口、立山金比羅山の砲台山中腹、田上小国民資料館の庭、東長崎田川内公民館裏、そして今回と、立て続けに6本の標石が見つかっている。私たちが確認した長崎要塞地帯標の標石は、総数30本となった。