琴尾神社の一の鳥居はどこにあるか

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琴尾神社の一の鳥居はどこにあるか

諌早市多良見町と西彼杵郡長与町の境にある琴の尾岳は、標高451.4m。山頂に琴尾神社が祀られている。多良見町「多良見町郷土誌」平成7年刊785頁の説明は次のとおり。

1.琴尾神社一の鳥居
明治三十一年四月、村長川津藤十の時に建てた。往時の琴尾神社参道をまたいでいる。

2.琴尾神社一の鳥居(勢女道)
当時の参道は廃道となり、雑木林の中にある。額は琴尾神社、昭和三十二年、五十石中とある。もとはもっと下方にあったが、台風で倒壊、側の石垣にはめこまれている。

3.琴尾神社
祠の前に二の鳥居。祠の中に厨子二基がある。右は大きく、光背をそなえた普賢菩薩を安置する。左の厨子は小さく中に「琴尾大神」を納める。明治廾□年九月吉日の奉造である。祠の脇に「伊木力村中 佐瀬村中 乙夘三月吉日建立」の小さな碑がある。乙夘は寛政七年である。この年正月廾三日「普賢菩薩の御神体と祠を建立したい」と願い出たことが、前出稲毛文書に書かれている。鳥居の傍に「寛政八年丙辰八月吉日 佐瀬村 崎邊田 大浦 氏子中」の他五名の氏名を刻んだ石柱がある。何を寄進したのか不明。辺りは公園として整備され、眺望もすばらしい。

山頂にある鳥居は、二の鳥居である。長崎から行くと一の鳥居はお目にかからず、どこにあるのか、地図を見て探しに行ってみた。1に記した一の鳥居は、松ノ頭トンネル入口から「琴の尾公園」の標識に従い、車で登ると山頂との中間くらいに琴ノ尾集落があり、琴ノ尾公民館がある。大きくカーブしている地点で、この下の作業所下の農道を少し下ると三叉路に鳥居があった。ここが伊木力からの往時の参詣道である。

問題は、伊木力の先、佐瀬の勢女(せめ)集落というところから上がった参詣道である。今は廃道となったが、かつてこの勢女道にも2に記すとおり、五十石中が奉造した一の鳥居があった。台風で倒壊して石垣にされているが、それを探しに行ってみた。
地図から見ると、佐瀬は五十石バス停先から入る。琴の尾岳のもう一つの烽火台跡に行く道で、案内標識に従って登った。佐瀬勢女集落の一番上の家とその上の高台の墓地の間あたりにあったようだと、地元から話を聞いたが、探してもまだわからずにいる。

「多良見町郷土誌」平成7年刊のこの調査は、中里名にお住まいの田中秀穂先生の稿である。掲載写真では鳥居が完全に建っていて、記されていることと写真が違うので、先生の自宅をお訪ねし聞いてみた。先生が言うには、勢女ないし佐瀬道には鳥居が2つあった。台風で壊れたのと、その先の山頂への道をたどって行ったら、雑木林の中に完全に立っていた鳥居があり、自分もびっくりしてこの写真を撮って、郷土誌に載せたとおっしゃる。年月が経ち、場所をよく聞いてもはっきりしない。

高齢となられ同行は願えず、先生の話の聞き違いと思われず、今3度通ってこの辺りを探している。地元の人の話もはっきりしない。まことに不思議な佐瀬一の鳥居の話である。できれば地元でよく調査をし、記録してもらえればと思う。私は地図12「琴の尾」を見ると、まったく別の場所を探しているように感じる。