長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:5377 将軍の夏の別荘 ほか
HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。
目録番号:5377 将軍の夏の別荘
目録番号:1284 浜離宮 関連作品 目録番号:1449 浜御殿(1)、4013(2)、5705(3)
〔画像解説〕
江戸時代の将軍の別荘。海辺に設けられた夏用の別荘で、船遊び用の船着き場もある。巧みに風景を取り入れた造園術が見事である。
目録番号:4514 御苑
〔画像解説〕
英文タイトルの「PALACE」は宮殿・御殿・大邸宅というような意味を持つ。かなり広い池と岩組みをふんだんに採り入れた典型的な池泉回遊式の大名庭園であるが場所は特定できない。左手の木はかなりの古木であり、この庭の作庭当初に植えられたもののようだ。
■ 確認結果
目録番号:5377「軍の夏の別荘」は、目録番号:1284「浜離宮」にあるとおり、「浜離宮」であろう。目録番号:4514「御苑」も「浜離宮」と思われる。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による説明は次のとうり。
東京都立浜離宮恩賜庭園(とうきょう とりつ はまりきゅう おんし ていえん)は、東京都中央区浜離宮庭園にある都立庭園。東京湾から海水を取り入れ潮の干満で景色の変化を楽しむ、潮入りの回遊式築山泉水庭。江戸時代に庭園として造成された。園内には鴨場、潮入の池、茶屋、お花畑、ボタン園などを有する。
もとは甲府藩の下屋敷の庭園であったが、宮内省管理の離宮を経て、東京都に下賜され都立公園として開園。公園の広さは、250,165.81m²。有料で一般に開放されている。
外国人接待所として石造洋館である延遼館(幕府海軍伝習屯所)が建設された。延遼館は、明治維新後も鹿鳴館が完成するまでは迎賓館として使用された。明治維新後に、宮内省の管轄となり名前も浜離宮と改められた。明治天皇も度々訪れるようになる。