「くじら橋」と鯨物語  対馬市上対馬町大浦

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「くじら橋」と鯨物語  対馬市上対馬町大浦

国道382号線が上対馬町へ入り、上対馬高の手前となる大浦湾奥の大浦川河口に、青色の橋が架かる。上対馬町発注、大浦漁港改修工事によって2000年6月竣工した「くじら橋」。
橋のたもとに珍しい説明板があり、「くじら橋」と命名したいわれと古写真があった。地元大浦の糸瀬光志氏が寄稿した「鯨物語」。
昭和22年11月晩秋の午下り、巨頭鯨(ごんどうくじら)の群が深浦に飛び込んできた。住民総出、大浦湾のこの奥へ追い詰め、3日がかりで鯨を捕獲した。

日本人は古くから鯨肉を食べ、鯨骨は縄文遺跡からも出土している。江戸時代初め、紀州からもたらされた捕鯨技術によって西海漁場は栄え、対馬も捕鯨基地の1つとなった。
幕末期に不漁となり、明治中期になるとノルウェー式近代捕鯨が始まり、戦後も細々と操業を続けていたが、西海漁場が完全に終焉したのは昭和40年代だそうである。

鯨の数は少なくなったが、今でも日本海へ数種が回遊しているらしい。2006年、対馬沖で高速船「ビートル」が衝突した物体は、クジラという説がある。
捕鯨基地として衰えた対馬の戦後の食糧難時代、鯨が大群で大浦湾に迷い込み、勇ましくおいしいことをした地元の話である。最後の文は、クリックで拡大する。