高橋輝吉氏稿 「伊万里市東山城(脇野)の旧陸軍省標石」

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高橋輝吉氏稿 「伊万里市東山城(脇野)の旧陸軍省標石」

以下は、佐世保市高橋輝吉氏から最近、送られてきた資料。伊万里市周辺の佐世保(長崎)要塞地帯標、佐世保軍港境域標、伊万里軍港境域標などの標石について、これまでの調査結果を5編にまとめられている。
添付資料は数が多いが、私の判断で適当に掲載した。規則・軍港境域図は、「海軍制度沿革 巻15 海軍大臣官房」原書房発行からである。

1 伊万里市東山城(脇野)の旧陸軍省標石  高橋 輝吉

伊万里市東山城(脇野)で、標石等に詳しい方に会った。いろいろ話のある中に、白板のこと、標石地図等、畑地内にあった石(第74号)など。
第73号を撮っていますと、近くの目の悪い方が「字が変ってますか」と。「お宅は目が見えないのに、何んで…」「イヤ、兵隊さんが話していましたから」。
アッと思い、佐世保市立図書館へ。佐世保史談会の郷土誌の中に、柚木村の終戦後の資料があった。陸軍省標石について、「これだ」と思った。佐世保=長崎=。これから大変なことになるかなと思い、脇野方面に10回くらい行ったかなー。
この地方が、明治の石と昭和15年の石とが合わさなり、合点できました。明治の石は山間部に、昭和の石は海岸部に多い。次の「開戦1年前の伊万里湾」を見てください。