月別アーカイブ: 2016年6月

去川のイチョウ  宮崎市高岡町内山 ( 宮崎県 )

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去川のイチョウ  宮崎市高岡町内山

現地説明板は、次のとおり。宮崎市街から国道10号により大淀川沿いに遡る。高岡町赤谷交差点で国道268号と分岐するが、左折した国道10号をそのまま進むと、去川小学校前に案内板がある。

去川のイチョウ  国指定天然記念物 指定年月日 昭和10年12月24日

このイチョウは、島津藩主初代忠久公(1179年〜1227年)が当時、薩摩街道であったこの地に植えられたものと伝えられています。
この事から推定しますと、樹齢は約800年と考えられます。
幹の周囲約10m、高さ紛約41m、枝張りは東に約10.3m、西に約13.0m、南に約10.2m、北に約16.1mあります。
幹は、空に向かって大きくのびており、太い枝が少ないのが、このイチョウの特徴で、秋には多<の実をつけます。
平成5年3月22日  宮崎市教育委員会

去川関所御定番 二見家住宅(主屋一棟)  宮崎市高岡町内山 ( 宮崎県 )

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去川関所御定番 二見家住宅(主屋一棟)  宮崎市高岡町内山

現地説明板は、次のとおり。宮崎市街から国道10号により大淀川沿いに遡る。高岡町赤谷交差点で国道268号と分岐するが、左折した国道10号をそのまま進むと、去川小学校前に案内板がある。

去川関所御定番 二見家住宅(主屋一棟)  市指定有形文化財 

二見家は、去川の関所の御定番を勤めた家です。関所が設置された天正年間(1573年〜1591年)以降、代々この地に居住してきました。
二見家住宅の建築様式には、『二棟造り(分横型)』と呼ばれる南九州の民家の特徴が取り入れられています。右側の棟は『座敷棟(オモテ)』と呼ばれ、来客を迎える接客空間として利用され、左側の棟は『居室棟(ナカエ)』と呼ばれ、二見家の私的な空間として利用されました。
二見家住宅は、同家に残された古文書に『去川御仮屋』と記されています。『御仮屋』とは、薩摩藩では地頭や領主の詰所のことを言い、同様に二見家住宅が公的な『役所』として位置づけられていたことがうかがえます。藩主など、薩摩街道を通行する上級身分の善が宿泊・休憩する建物としても使用され、嘉永6年(1853年)には藩主島津斉彬、明治4年(1871年)には勅使岩倉具視がこの建物に立ち寄りました。
建築の時期は、解体時の調査、及び二見家文書の記述によって『座敷棟(オモテ)』が安政2年(1855年)、『居室棟(ナカエ)』が明治28年(1895年)とわかりました。」
指定年月日 平成16年10月13日  宮崎市教育委員会

去川の関・跡  宮崎市高岡町内山 ( 宮崎県 )

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去川の関・跡  宮崎市高岡町内山

サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。宮崎市街から国道10号により大淀川沿いに遡る。高岡町赤谷交差点で国道268号と分岐するが、左折した国道10号をそのまま進むと、去川小学校前に去川の関・跡の案内板がある。

去川の関・跡 さるかわ
宮崎市 高岡町内山 関所 永禄年間(1558-70) 県史跡 市教委/WEB 門柱跡とされる礎石1個が残存 薩摩路への入口にあたる関所→厳しい取り調べが行われていたと言われる/永禄年間に伊勢の国から島津氏を頼ってきた二見久信が番所での努めを行い、以来代々二見家が番所を守った 4 B

杉安井堰  西都市南方杉安 ( 宮崎県 )

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杉安井堰  西都市南方杉安

サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。西都市街から国道219号により米良方面へ向かい、穂北を過ぎてすぐ一つ瀬川に架かる杉安橋手前の井堰バス停のところに、「土地改良歴史資料館」の案内板があるので、右折する。

杉安井堰 すぎやす
西都市 (杉安)一ツ瀬川 用水路 長約6㎞ 享保7(1722)→寛延3(1750)に第2期工事 WEB 昭和8・52に大改修 穂北郷の庄屋・児玉久右衛門が、水利の便が悪く年貢の10分の1程度しか米ができずに農地を手放す農民が多いことを憂いて計画した用水路/資金調達や土地の売り渋り、妨害工作もあったが、黒木弥能右衛門の全面的な資金援助を得て完成に漕ぎ着けた 3 C

竹浜用水路  川南町川南 ( 宮崎県 )

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竹浜用水路  川南町川南

サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。県道40号により尾鈴山の方へ向かい、名貫川に架かる和田橋先の下竹浜公民館近くまで行く。県道の左側、名貫川の右岸沿いに竹浜用水路が流れる。水路を辿ると、県道や尾鈴サンロードや東九州自動車道高架下をくぐり、農村公園があった。
この下の河原に地区内こどもの水泳場があり、水路を小橋で渡って下る。水路の上流には隧道部分も見られた。取水堰はすぐ近くと思われるが、そこまでは辿らなかった。
用水路はあまりコンクリート化されておらず、昔の石垣のままの護岸が多く残る。貴重な用水路と思われる。

竹浜用水路 たけはま
(児湯)川南町 名貫川(右岸) 用水路 約4㎞ 享保3(1718) 宮崎県歴史の道調査報告書p40 現役/石積部分が大半 小規模 1 C    

野々崎橋  日向市東郷町仲深 野々崎 ( 宮崎県 )

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野々崎橋  日向市東郷町仲深 野々崎

HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」宮崎県の石橋によるデータは、次のとおり。国道446号牧水公園の約500m手前。現橋の上流側に見える。

№200  野々崎橋

東郷町仲深 野々崎(ののさき)
町指定有形文化財
西の内川
橋長:20.0m  橋幅:4.85m  径間:7.27m  拱矢:3.64m
架設:明治44年3月
石工:衛藤精一
(旧・県道尾崎細島港線、明治42年架設?)
国道446号線、若山牧水記念館より約500m東進。北側旧道

亀ノ井堰の逆サイフォン式水路  日向市東郷町坪谷 ( 宮崎県 )

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亀ノ井堰の逆サイフォン式水路  日向市東郷町坪谷

サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。国道327号日向市東郷町鶴野内交差点から国道447号に入り、牧水公園の先、若山牧水生家前まで行く。牧水の出身校、坪谷小学校跡の坪谷神社の案内があるので、国道を少し進む。
左の坪谷川の橋を渡って、坪谷神社鳥居前を過ぎ、さらに上がって行くと、車道と交差する逆サイフォン式水路の遺構がある。場所は日向市文化財係に確認した。
地元の話によると、現在この部分の水路は使われておらず、水路を変更し上の市道下や川は橋内をC管で通しているらしい。

亀ノ井堰の逆サイフォン式水路 かめの
日向市 東郷町坪谷〜下三ケ 逆サイフォン式水路 嘉永3(1850) 市教委 木管→C管に変更 道路を通すために造られた逆サイフォン水路→川と交差するために逆サイフォンにすることはあっても、道路と交差するための逆サイフォンは稀 3 C

和田越の切通し  日向市東郷町坪谷 ( 宮崎県 )

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和田越の切通し  日向市東郷町坪谷

サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。国道327号日向市東郷町鶴野内交差点から国道447号に入り、坪谷の牧水公園先、若山牧水生家前まで行く。
日向市文化財係に確認すると、和田越の切通しとは、ここから右上手の高台へ上がると自然石に刻まれた牧水歌碑があり、このあたりの鞍部が切通しである。山上には和田越稲荷が祀られている。

和田越の切通し わだのこし
日向市 東郷町坪谷 切通し 江戸期 市教委 保存状態良好 山陰村(延岡藩)と坪谷村(天領)の村境にある/庚申塔が残る 2 C

牧水公園・若山牧水生家  日向市東郷町坪谷 ( 宮崎県 )

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牧水公園・若山牧水生家  日向市東郷町坪谷

国道327号日向市東郷町鶴野内交差点から国道446号に入り南西へ進むと、坪谷地区の国道沿い左に牧水公園と若山牧水記念文学館がある。サイト「グルネット宮崎」による説明は、次のとおり。
牧水公園前から国道をさらに約100m進むと、若山牧水生家と歌碑がある。

牧水公園

若山牧水を記念して作られた「牧水公園」は、若山牧水が生まれ育った生家の直ぐ前、坪谷川を挟んだ向かい側の小高い丘陵地にあります。
東郷町坪谷地区は、若山牧水の短歌にも詠われた「尾鈴山」の北側、日向市の西の山間にあり、今でも当時と変わらない懐かしい風景が残っているところです。
周囲を山々に囲まれた牧水公園は、春に咲くツツジの花など自然を満喫しながら散策、頂上にある展望台からは若山牧水の生まれ育った坪谷地区を一望できます。

園内には多目的研修施設(ふるさとの家)を中心に貸コテージ(木造2階建10棟)、水車小屋、炭焼窯、ふるさとの小川、多目的広場、河川プール、草スキー、テニスコート、パターゴルフ、ちびっこ広場、つつじ園、無料休憩所の牧水庵など広い敷地に多くの施設があります。…

若山牧水記念文学館

牧水公園内に新しく建設された若山牧水記念文学館。2005.4.1オープン
若山牧水記念文学館
若山牧水記念文学館は県産材のスギやヒノキを用いた木造平屋で、牧水生誕120年に合わせ新築されました。記念文学館は3つの展示室を設け、第1展示室に直筆の掛け軸や原稿、愛用品などを展示。第2展示室では東郷町出身の詩人高森文夫や若山牧水賞受賞者を紹介。また企画展示室では牧水賞とその受賞者について紹介しており、現代短歌の世界を感じることができます。

利用案内
開館時間:9時から17時(入場16時30分)
休館日:月曜日、年末年始
入館料:高校生以上300円 小中学生100円
電話:0982-68-9511(若山牧水記念文学館)

新町台場・跡  日向市美々津町新町 ( 宮崎県 )

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新町台場・跡  日向市美々津町新町

サイト「近世以前の土木・産業遺産」宮崎県リストによるデータは、次のとおり。国道10号美々津大橋を渡り美々津重要伝統的建造物群保存地区へ下る。上町筋の地区はずれにストアーがあり、後ろ側に八坂神社がある。
神社左手に最近整備された津波除け高台へ上がる石段があり、石段途中に見られる左側竹藪の土塁が奥まで長く続き、ここが新町台場・跡と、日向市文化財係に確認している。

新町台場・跡 しんまち
日向市 八坂神社・横 台場(土塁) 文久2(1862) 市教委 山中に土塁が残る(ブッシュがひどい) 4 C