九州(熊 本 県)」カテゴリーアーカイブ

山 中 橋  山都町北中島 山中 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

山 中 橋  山都町北中島 山中

HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」熊本県の石橋によるデータは、次のとおり。国道445号山都町中島西部小先長谷交差点から北東に山中集落に向かう。山中大橋の左下にこの石橋が見える。
山中大橋の道をそのまま進むと、県道57号下鶴橋に出た。

№109  山中橋(架設当初名:船川目鑑橋)

山都町(旧矢部町)山中
町指定文化財
舟川
橋長:12.0m  橋幅:2.25m  径間:6.37m  拱矢:2.8m  環厚:50cm
架橋:嘉永3(1849)年12月
滑川橋から国道445号線を西へ約3.2Km、中島西部小方面へ右折そのまま進むと、山中大橋がありますが、そこから左下に見えます

金 内 橋  山都町金内 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

金 内 橋  山都町金内

HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」熊本県の石橋によるデータは、次のとおり。旧矢部町上寺交差点から国道445号を約6.5km北西へ行くと、金内郵便局の側に架かっている。

№106  金内(かねうち)橋(架設当初名:金内川目鑑橋)

山都町(旧矢部町)金内
町指定文化財
金内川
橋長::31.0m  橋幅:5.5m  スパン:16.4m、5m
架橋:嘉永3年(1850)3月
国道445号線を旧矢部市街地から約6.5Km右手に架かっています。

畑の道標  山都町畑 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

畑の道標  山都町畑

サイト「近世以前の土木・産業遺産」熊本県リストによるデータは、次のとおり。国道218号山都町畑交差点から南へ入ると、左側にすぐ日向往還地蔵坂入口がある。登って行くと畑公民館先で上畑跨道橋を渡り、その先の二俣となった高台に放牛地蔵の堂がある。地蔵前の左側がこの道標である。

畑の道標 はた
(上益城)山都町 <日向往還> 石道標 高0.6m,17㎝角 寛政5(1793) 歴史の道・日向往還 保存状態良好 「右ひうかおうくわんまみわらへの道」

HP「百街道一歩の日向往還」3金内〜聖橋による記事は、次のとおり。

・さっきの二股に戻り、道標に従い坂道を上って行く。
・右手山裾に「地蔵坂 畑字居屋敷」の白い木標がある。側面には、寛文九年(1669)の「国群一統志」に記された地蔵坂であること、この道は阿蘇氏が「浜の館」に在館のころから阿蘇への道で、近世には日向往還道となったことが書かれている。
・鬱蒼とした森の中の舗装道路を上って行くと、右手に畑公民館があり、その向かい、左手に「板碑群十基 畑字無田口 居屋敷」と書かれた白い木標がある。側面に説明があるのだが、樹木が邪魔をして読めない。
・上畑跨道橋を渡る。
・その先、二股の付け根の高台に地蔵堂がある。ここには放牛地蔵が安置されている。放牛地蔵についてはこれまで熊本県下で数多く見てきたが、歴史の道調査報告書によると、ここのは九十八体目の放牛地蔵だそうだ。
・地蔵の前に道標があり、歴史の道調査報告書によると、寛政五年(1793)のもので、右は「右ひうかおうくわん まみわらへの道」、左は「左なんかう あそ山への道」と刻まれているようだが、部分的にしか読めない。ここにはまた、猿田彦もある。
・この二股には、「日向往還道標 放牛地蔵」の石標があり、矢印は右手を指している。

円形分水工・通潤用水取入口  山都町小笹 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

円形分水工・通潤用水取入口  山都町小笹

現地説明板は、次のとおり。国道218号山都町野尻の聖橋から、県道141号により笹原川沿いにしばらく遡ると案内標識がある。

円形分水  上益城郡山都町小笹

この円形分水は、通潤土地改良区笹原土地改良区が取入口や用水路の改良工事に当り、水田の受益面積割により、用水の分水を行うため、昭和31年に作られたものです。
また、通潤用水の取入口はこの地点より200m上流で、笹原川亀磧はこの下方にあり、町指定文化財になっています。
環境庁・熊本県

円形分水工のしくみとはたらき

円形分水は笹原川の水を野尻、笹原地区と白糸台地に送る分水装置です。1958(昭和31年)、現代土木工学によって矢部町大字小笹に完成しました。送る水の割合を水田の面積に応じて配分するよう工夫されています。
円形分水は内円筒と外円筒からできていて、内円筒の直径は6.3m、底の中心に1.5mの水のわきだし口があります。内円筒と外円筒の間は水槽になっており、水田面積に応じた比率(7:3)で仕切られています。内円筒のわきだし口からわきだした水は、内円筒からあふれ、内円筒と外円筒の間の仕切りにより、円周の外周の長さに応じて公平に配分され水槽にたまり、それぞれの水路に流れていきます。
毎分約1.2立米の水がわき出しています。

聖  橋  山都町野尻 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

聖  橋  山都町野尻

HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」熊本県の石橋によるデータは、次のとおり。国道218号を旧矢部町から旧清和村方向に約2km走った聖橋バス停のところ。

№189  聖  橋(架設当初名:男成川目鑑橋)

山都町(旧矢部町)野尻
町指定文化財
笹原川
橋幅:5.0m  径間:19.9m  拱矢:8.16m
石工:岩永三五郎
国道218号線を旧矢部町から旧清和村方向に約2Km走ると聖橋バス停のところ

聖(ひじり)橋
「天保3年(1832)5月矢部手永で最初に架けられた目鑑橋である。石工棟梁は八代手永の岩永三五郎である。日向道路として使用されていたが交通量増大の為、すぐ横に鉄骨の橋が造られた。その後、石垣の一部が取壊されたので、使用禁止になっている。」

聖 滝(ひじりだき)  山都町野尻 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

聖 滝(ひじりだき)  山都町野尻

HP「山都観光ガイドブック」による説明は、次のとおり。国道218号沿いの東山近く聖滝展望所から撮影。

聖滝(ひじりだき)山都町滝ベスト20【国道から見える滝〜その1】

所在地:山都町野尻【国道218号沿い南側。視認可】 落差:約50mほど
最寄りのバス停:東山 手軽さ:★★★★★ 歩行距離:約500m(バス停より)

アクセス:自家用車で九州自動車道「御船インター」〜国道445号〜国道218号(所要時間:約1時間)
浜町(旧矢部町中心部)より国道218号を東に約2km、聖橋先の国道沿いに普通車4〜5台駐車できる駐車場がある。(バスは駐車不可、国道沿いに駐車スペースあり)駐車場のすぐ先に観爆台があり、遠景になるが、正面下に滝が一望できる。

紹介:緑川の支流笹原川にかかる。約35mの断崖から2条に分かれた水の片方が途中で段をなし、独特な形状をしている滝である。遠景ではあるが、水量が多く、中段で力強く跳ね上がる水飛沫には『立ち寄ってよかった』と思える神秘的な雰囲気が漂う。滝崖は全面を柱状節理に覆われ、半径をなし、広い滝壺を持っている。典型的な「阿蘇の滝」の形状を持っている。

男 成 橋  山都町男成 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

男 成 橋  山都町男成

HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」熊本県の石橋によるデータは、次のとおり。国道218号日暮崎バス停近くから男成集落へ向かう。集落に入って左折した道をしばらく行くと、左側の旧道に男成橋がある。
集落内から右折した道は、男成神社へ出るが、細道である。

№188  男成橋

山都町(旧矢部町)男成(おとこなり)
橋長:13.5m   橋幅:2.25m  径間:6.35m  拱矢:4.4m
国道218号線を、貫原橋入口から西に約1Km進むと右手に案内板があります

男成橋
「男成の小川に天保3年に架けられた目鑑橋である。前の橋が、大正元年(1912)の大洪水で流出したので大正4年に復旧された。」

男成神社  山都町男成 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

男成神社  山都町男成

HP「山都観光ガイドブック」による説明は、次のとおり。国道218号沿いに男成神社の案内標識と鳥居がある。鳥居をくぐって約700mのところに、男成神社の駐車場があり、スギの巨木が立ち並んでいる。

山都町の由緒ある神社  男成神社

代々阿蘇家大宮司の元服の儀を行っていた由緒ある神社です。毎年4月3日には、春の例大祭として『少女神楽』も開かれています。

滝鼻(滝の鼻)の道標  山都町男成 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

滝鼻(滝の鼻)の道標  山都町男成

サイト「近世以前の土木・産業遺産」熊本県リストによるデータは、次のとおり。国道218号日暮崎バス停近くから男成集落へ向かう。集落手前から左の田の中の小橋を渡り、対面側の人家前まで行くと、この道標が道脇にある。

滝鼻(滝の鼻)の道標 たきばな
(上益城)山都町 <日向往還> 石道標 高1.1m,22㎝角 元禄12(1699) 町有形 歴史の道・日向往還 保存状態良好 「是より左なんかう高も里への道」「是より右□□まみ原町をとを里日向の国への道」

HP「百街道一歩の日向往還」4聖橋〜馬見原による記事は、次のとおり。

・その先、民家の前、街道右手に「日向往還道標 元禄道標」の表示と元禄の道標がある。「竜(滝?)の鼻の道標」と呼ばれている。元禄十二年(1699)熊本県最古の道標だという。最初見た三面は、さっぱり読めなかったが、裏に回ると、「是より〇〇まみ原町(を)とを里日向国への道」と読める。表は、歴史の道調査報告書によると、「是より左なんかう 高も里村への道」と書かれているそうだ。日向往還を歩く者にとっては、大変興味深く、うれしい。
・その先、再び坂道になり、山道を上って行く。
・やがて緩やかに下って、舗装道路に出た。
・ここを鋭角に右に折れる。
・すぐ先、道なりに左に曲がる右手角に「男成橋」という石造りの眼鏡橋がある。ごく小さなものだ。苦労して下に下りて見た。小さいながらも確かに石造りだ。

山屋のトンネル  山都町男成 ( 熊本県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

山屋のトンネル  山都町男成

サイト「近世以前の土木・産業遺産」熊本県リストによるデータは、次のとおり。国道218号山屋トンネルの東、御岳小側から旧国道に入る。右手にすぐ日向往還の標柱があり山道を登って行くと、このトンネルがある。
凝灰岩を掘り抜いた素堀りトンネルで、“日向往還の山屋トンネル”と言われている。開通年代は不明。東口に地蔵尊(明治3年)がある。

山屋のトンネル やまや
(上益城)山都町 人道<日向往還> 素掘トンネル 長22m,幅2.15m,高約3m 幕末頃(明治3以前) 歴史の道・日向往還 保存状態良好/散策道として整備 合掌風に中央が高く、くり抜かれている/道路トンネルは稀 1 B