投稿者「misakimichi」のアーカイブ

興善町・蛍茶屋・宿町大曲交差点の水準点

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興善町・蛍茶屋・宿町大曲交差点の水準点

国道34号線の沿線にある現在の水準点の点描。写真上から興善町バス停前の植え込み内、中は蛍茶屋少し先歩道の左側、下は宿町大曲交差点を直進した左側歩道の芝生内。蓋を開けたら、このようになっていて、一等水準点であった。

国土地理院の案内標識のあるものは、このほか上戸町ダイレックス手前、長崎バイパスと合流する市布交差点などで見ている。興善町のは標識がない。二等水準点であった。標識の設置基準が等級などであるのだろうか。
現在は、ほとんど真鍮製丸型の新しい水準点となっているが、東彼杵役場前には、地元特製の磁器製もあるという。

神社境内にある三角点・・・長与琴ノ尾岳

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神社境内にある三角点・・・長与琴ノ尾岳

長与町と諫早市多良見の境にあり、JR本川内駅からと、長崎バスが登山口まで上がっている。山頂に琴ノ尾神社が祀られ、円形の石垣の周りに展望台が造られている。
このため、琴ノ尾岳三角点「△451.4」mは、神社境内の拝む石祠のすぐ脇に設置されていた。

碑のある三角点・・・稲 佐 山 (標高333.0m)

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碑のある三角点・・・稲 佐 山 (標高333.0m)

稲佐山はロープウェイがあり、市街と港外の展望が良く、市民の手軽に行けるレクレーションの山として親しまれている。標高333.0m。山頂三角点は、写真のとおり傍らに地元で2つの碑が設置されている珍しい三角点である。

破損している三角点・・・野母崎権現山

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破損している三角点・・・野母崎権現山

野母崎の権現山三角点「△198.4」mは、山頂展望台の階下にある。写真のとおり頭部から破損し、床タイルに方角?を白ペンキ塗りしている。

国土地理院は破損を知っているが、測量に支障がないのでそのままにしていると、インターネットサイト「三角点の探訪」を作成されている京都上西氏がリスト資料で調べてくれている。

日見峠の標高は?・・・上のピークに三角点

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日見峠の標高は?・・・上のピークに三角点

「長崎街道歩き」で日見峠を必ず越される。街道最大の難所と言われたこの峠は、標高何mくらいだろうか。明治34年測図国土地理院旧版地図に三角点や標高はない。峠を越して下りにかかるカーブに水準点「□210.35」mが、かつてはあった。

現行地図では近くのピークに三角点が表れていた。「299.6△」m。三角点がある場所は、中尾峠の方へ縦走を始める。神社前を通りすぐ水場があり、すぐ竹林に入り道は尾根を乗り越すようになる。この左上のピークにある。

最近設置したのか、まだ新しい。4面に字があり、「四等三角点」「国地院」「基本」「027 644」。これから判断すると、「関所跡」の上の旧街道の峠地点(今は水道タンクがある)は、標高250mくらいと言ってよいだろう。

明治32年建「脇岬村路」の標石と半島東回りルート推定図

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明治32年建「脇岬村路」の標石と半島東回りルート推定図

現在、三和公民館ホールの中庭に展示されている「明治三十二年十一月建」「東 脇岬」「西 髙濱」などと刻みのある標石の、もともと建っていたところは、埋め立て前の川原小池の上手である。
明治18年「西彼杵郡村誌」の記録によると、川原村に記す「脇岬村路」の起点となり、「髙濱村路」と分岐する。標石がここに戦後まで建っていたことは、証言を得て地点を確認している。

「みさき道」本道の今魚町系でない、明治の標石となるが、長崎半島を川原から脇岬へ至る東回りの「みさき道」コースも、江戸期からあったと推測させる貴重な標石である。
安永2年(1773)、当時の長崎代官「高木作右衛門支配所絵図」に、この道と思われる道が描かれている。また、川原小池の脇を上っていることは、長崎名勝図絵「河原池」に描かれている。

研究レポート第3集 ”江戸期の「みさき道」−医学生関寛斎日記の推定ルート”の内容

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みさき道歩会 平成19年4月刊行 A4判 272頁 200部発行
サブタイトル 長崎の珍しい標石・古写真考・橘湾沿岸の戦争遺跡

長崎市図書センター・市内の各市立公民館で借りられる。
長崎県立図書館・長崎大学附属図書館は「郷土資料」で閲覧できる。

研究レポート第2集 ”江戸期の「みさき道」−医学生関寛斎日記の推定ルート」の内容

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みさき道歩会 平成18年4月刊行 A4判 264頁 200部発行
サブタイトル 長崎市周辺のいにしえの標石などを訪ねて

長崎市図書センター・市内の各市立公民館で借りられる。
長崎県立図書館・長崎大学附属図書館は「郷土資料」で閲覧できる。

研究レポート第1集 ”江戸期の「みさき道」−医学生関寛斎日記の推定ルート”の内容

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みさき道歩会 平成17年9月刊行 A4判 252頁 200部発行
サブタイトル 大久保山から戸町岳に残る天明藩境石塚の調査

長崎市図書センター・市内の各市立公民館で借りられる。
長崎県立図書館・長崎大学附属図書館は「郷土資料」で閲覧できる。

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