平戸市に残るアーチ石橋  (2)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

平戸市に残るアーチ石橋 (2)

平戸市(田平町を除く)に残るアーチ石橋は、4橋である。国指定重要文化財「幸(オランダ)橋」は、(1)を参照。
HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。

写真  2  第  24 番  法音(報恩)寺橋    紺屋町の鏡川に架かる。
元禄10(1697)年頃     長さ 5.3m  幅員 3.3m程度
平戸小橋と聞いていたが、法音寺橋と言う名前であった。
藩主に願い出て幸橋の幸(オランダ)橋を請負った平戸の石工達が、事前の習作として架けた橋だと伝えられる。橋の名前はこの地にあった寺の名前によるとのこと。

写真  3  第  25 番  誓 願 寺 橋     紺屋町の鏡川に架かる。誓願寺入口。
嘉永元(1848)年頃      長さ5.3m程度  幅員 3.3m程度
法音寺橋のすぐ上流にあたる。
幸(オランダ)橋から、150年程は下った後に作られた橋。しかし加工は幸橋どころか法音橋より劣るような気がする。
布積みの石の加工は一般的、また楔となる石の周辺の石にも隙間が見られる。石工の技術はなかなか伝授は難しいものかもしれない。

写真  4  第 166 番  安満川の橋(大越の橋) 平戸市内から紐差に向かう旧県道に架かる。
明治37?38(1904?1905)年との地元の方の情報  長さ 約 2.5m  幅員 約3.8m+拡幅
紐差に向かって大越の峠から下り始めてすぐ右側(市役所付近からは10km程度)
橋を実際に見てみると切石の精度も高く加工の様子から、県内に多く残る戦後の県道整備時代の架橋と思われる。(下記の記事で修正が必要?)
橋の上流側は木柱で50cmほど拡幅されている事から、現在の道路が出来るまで使われていた様子がしのばれる。