松浦党梶谷城跡  松浦市今福町東免

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松浦党梶谷城跡  松浦市今福町東免

国道204号線の松浦バイパスを松浦市街から伊万里の方へ行く。山手にかかった所に「江迎中央」バス停があり、この手前が「梶谷城跡」の登り口。これから1.7kmの急坂が続き山頂まで行く。地図には「城山」(標高195m)とある。
松浦市今福町や伊万里湾に続く玄界灘を見下ろし、いかにも松浦党の本拠だったたたずまいがあった。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

松浦党梶谷城跡  県指定史跡

指定年月日 昭和46年9月14日  所在地 松浦市今福町東免2288
所有者 松浦市
松浦氏の居城跡で、勝谷城とも記す。その築城については、平安末、松浦久によるものとするが、その年代については、延久元年(1069)・嘉保2年(1095)・久安元年(1145)などの諸説があって一定しない。いずれにしても、松浦党の重要な居城で、古代末以来の山城として、相当長年月にわたって継続的に利用されたものとみられる。
城は、山頂に主郭と副郭が配され、それぞれに石塁が楕円形に囲んでいる。
主郭西部に大手口の櫓台、主郭東部にも櫓台がある。西側の麓には下部の千人枡と呼ばれる石壁・石塁があり、館跡であろう。