善長谷開拓碑脇のタブノキ・エノキ  長崎市大籠町

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善長谷開拓碑脇のタブノキ・エノキ  長崎市大籠町

善長谷開拓碑(長谷川佐八・甚介碑)は、長崎市大籠(おおごもり)町の善長谷カトリック教会の左上にある。善長へは深堀または平山台から行き、大籠町迎川橋のところが登り口となり、案内標識がある。
この開拓碑の脇にかなり大きなタブノキ2本とエノキがまとまって立つ。幹まわり3〜4mはあるようだ。善長谷教会前庭のもタブノキである。鐘がつり下げられている。 

善長谷開拓碑の長崎市立博物館「長崎学ハンドブックⅢ 長崎の史跡(歌碑・句碑・記念碑)」平成16年刊による説明は次のとおり。

132 善長谷開拓碑 (所在地:大籠町)
この地の開拓は、文政6年(1823)佐賀藩深堀領東樫山から水方佐八に率いられた人達の移住に始まる。彼らは全員キリシタンであったが、鍋島家より原野数町歩を与えられ、城山頂上の八幡神社の祭祀や掃除等を課せられた。さらに、旦那寺は菩提寺であったが、踏絵は免除された。このようなことが絶好の隠れみのとなり、以後も信仰を隠すことができ、幕末維新に至った。