宜野座村のカチバ  宜野座村松田・漢那 ( 沖縄県 )

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宜野座村のカチバ  宜野座村高松・漢那

サイト「近世以前の土木・産業遺産」沖縄県リストによるデータは、次のとおり。猪垣とは、方言「カチバ」と呼ばれ、宜野座地域では明治以前からどこの集落も、集落周辺の畑と山の間に廻らせていた。現在、確認できるのは、「宜野座村の文化財分布地図」によると、松田地区と漢那地区の3箇所に表示されている。
私が訪ねたのは。村の東部・松田地区「高松の猪垣(カチバ)」。国道329号宜野座大橋を過ぎて、左上高台へ上がる町道に入り、松田地区高松の交差点手前に史跡説明板があった。赤線の猪垣跡を神社手前まで辿った。
村の西部・漢那地区は、漢那原平松原ハウス団地組合の高台農道脇に残るようなので、これが猪垣か断定できないが、農道沿い左側の主な土盛り跡を写してきた。漢那福地川右岸のは、はっきり確認できなかった。

高松のカチバ たかまつ(カイクン)
(国頭)宜野座村 松田地区 猪垣(土塁) 約2.3㎞→ 1.2㎞,高約1m 琉球王国時代 市教委/
WEB(みさき道人) 猪垣→保安林 土塁の上にテーブルサンゴ石や竹槍を刺し、島竹を植え、猪が土塁を越えないよう工夫されていた 2 B

漢那のカチバ かんな
(国頭)宜野座村 猪垣(土塁) 集落全体,高さ約1m 琉球王国時代 市教委/WEB 集落内なので途切れ途切れに残る 低い土塁と密生した木だけの簡単な構造 3 C