加久藤城跡  えびの市大字小田 ( 宮崎県 )

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加久藤城跡  えびの市大字小田

現地説明板は次のとおり。島津氏の城跡。えびの市加久藤の市街地の北東にあり川内川の支流に面し比較的 大きな城だったが、現在はだいぶん破壊されている。
国道268号と221号が交差する川原交差点そばの丘の上にあり、国道221号沿い東側、次の松原交差点手前に入口案内板がある。

史跡 加久藤城跡 (昭和49年1月24日 市指定)

島津忠平公(義弘)は、永祿7年(1564年)5月加世田より北原氏の属城であった久藤城を修補して、加久藤城として、ここに移った。時に3才であった。同年11月17日、城主北原兼親が伊集院に、移封されると同時に飯野城に移った。加久藤城には5男1女をもつ広瀬夫人を置き、老臣川上三河守忠智をして、ここに守らしめた。加久藤城は元亀3年(1572)5月4日 木崎原合戦において、伊東勢攻撃の主目標となったが、伊東勢は攻略に失敗し、木崎原に退き大合戦となり、壊滅的敗戦を喫した。
えびの市教育委員会