鷺の巣俊寛の伏所  長崎市伊王島町

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鷺の巣俊寛の伏所  長崎市伊王島町

伊王島の史跡地図にも表れず、あまり紹介されていない。場所は位置図のとおり。現地説明板は次のとおり。説明板は最近できた広い市道入口に立っている。ここから50m歩いて下る。分岐は右へ。岩窟ではなく、谷間の平地が伏所か、手前の水場に井戸跡の標柱もあった。
後ろの写真は、左へさらに下った西ノ浦海岸の様子。右手先端に千畳敷岩場のフェンスが見えた。

鷺の巣俊寛の伏所
平家謀叛の罪に捕らえられた俊寛僧都。藤原成経、平康頼は島に遠流に処せられた。やがて成経、康頼は許されて都に帰されたが、俊寛僧都は平清盛の怒りが解けず、一人だけ島に残された。
俊寛僧都は、西の浜辺(鷺の巣)の岩と岩の間に岩窟があるのを見つけ、近くに清い流水もあったので、そこを ねぐら(伏所) にしていたと言い伝えられている。
この付近は、一年中海草や魚介類などの海の幸が豊富で、松林がうっ蒼としており、鷺が巣を作っていたので「鷺の巣」という地名になっている。
俊寛僧都の伏所は、ここより約五十m先にある。また、その近くに俊寛僧都が使用していた井戸(前の川)がある。
長崎市教育委員会