大正十一年頃のガラス写真 260ほか 諏訪神社お宮日か

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大正十一年頃のガラス写真 260ほか 諏訪神社お宮日か

「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

「大正十一年頃のガラス写真」
整理番号260,242  (諏訪神社お宮日か)

■ 確認結果

「ガラス写真」とは、感光する写真乳剤を塗ったガラス板を写真機にセットして撮影した後、乾板をもとに写真を焼き付ける。フィルムが普及する前の明治から昭和にかけてよく使われた(朝日新聞キーワード解説)。
スタジオアートアイ制作CD「大正十一年頃のガラス写真」は、長崎を撮影していると思われる
308枚の写真。整理番号のみで、撮影地はまったくわからない。心当たりの場所を探してみる。

整理番号260は、「長崎代官所」の幟りがあり、諏訪神社お宮日演じ物の行列写真ではないだろうか。T字路のような坂道が写っており、撮影地で一般的に考えられるのは、諏訪神社長坂の踊り場へ向う現在の車道登り口。

奥の家屋屋根上の背後に写る山の稜線を確認しなければならない。同じような向きの古写真は、長崎大学データベースの目録番号:6033「諏訪神社の長坂(6)」がある。
https://misakimichi.com/archives/3666
現地で確認すると、山の稜線は風頭山の山頂付近ではなく、まだ左奥の白木町「八穂神社」(岩水稲荷大明神社)あたりと考えられる。

ただし、諏訪神社長坂の踊り場へ向う現在の車道登り口とするには、溝の位置は合うが、道幅や坂の傾斜、背後の山の稜線がまだしっくりしないところがある。撮影地の確定は、どなたか検証をお願いしたい。
ガラス写真には、整理番号242の作品もある。これもお宮日の様子のようである。長坂では、本年の桟敷工事がもう始まっていた。