「富津砲台」は小浦にある「額栗岩」か
先項千々石トンネルのある温泉鉄道跡の県道201号線をさらに小浜の方へ進む。木津を過ぎ富津が眼下に見える所に「小浦」バス停があり、海産物店の前から左の車道に入る。300mほど上がると手作りの案内標識があり「額栗岩」まであと500mだが、最近この山道は手入れがされず荒れて行きにくい。
岩がガックリするから「額栗岩」。史跡めぐりガイドなどの説明は次のとおり。現地に平成8年富津小PTAが設置した説明板に、ここが戦跡であったことを唯一記している。釜の城戸昌義さんがここに砲台があったと話されている。
小浜町・小浜町教育委員会「おばま−史跡めぐりガイド−」平成11年
北部(富津・北野地区) 額 栗 岩 11頁
重さ20トン(推定)の岩をあなたにも動かすことができます!
大きな岩がまるで雪だるまのように2個重なっている。下の岩は崖の一部で、上の岩はどのようにして乗ったのか全く不思議。座りが悪いため、人間一人の力でも動かすことができ、動くたびにガックリガックリと音がすることから「額栗石」と呼ぶようになったの
だろう。
「額栗石」の現地説明板
(表面) 額 栗 石 (ガックリイシ)
がっくり石は、大きな石がふたつ重なってできていて、上の石は一人でも動かせる事ができ、なんだかガックリ、ガックリと音がするようなので、いつの頃からかガックリ石と言われるようになったそうだ。子供達が家の手伝いで牛のエサを取りに行ったり、畑に行ったりして石の上にあがって、石が動いたとか動かないとか言い言い合って、毎日のように時間を忘れ遊んだり、石と石の間にくぼみがありそこに雨水がたまったのを麦からすぼを使ってすいあげ、よく飲んだりしたようだ。
昭和18年頃陸軍の監視所と兵舎ができ、福岡県の甘木太刀洗の航空隊から、1ケ分隊12人位の兵隊さんが来て、其の任に当たっていたそうです。時にはガックリ石の上に乗って監視していたと言うことです。
(裏面支柱) とみつ小PTA 平成八年八月吉日