長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:4508 相生滝(雄滝)
HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。
目録番号:4508 相生滝(雄滝)
〔画像解説〕
英文キャプションにある「一の滝」とは、霧降滝の上部、荒沢の裏見滝の下流、大谷川支流田母沢にある羽黒滝などの別称である。しかし、この写真は明治19年発売の「日光山眞圖」に描かれた、田母沢支流の根取川にある「若子相生滝(相生雄滝)」の姿とほぼ同一である。
目録番号:5483 日光霧降第一の滝
目録番号: 386 日光霧降滝(1)
〔画像解説〕
日光霧降高原の東を流れる霧降川に落ちる滝である。日光三名瀑の一つに数えられる霧降の滝は上流の一の瀧と下流の二の滝からなる。 二の滝は岩に衝突し二つに分れて流れ落ちあたかも霧がかかったように白くけぶるのでこの名がある。人が下流に立ち瀑布の大きさが際たつ。
■ 確認結果
目録番号:4508「相生滝(雄滝)」は、明治19年発売の「日光山眞圖」にどのように描かれているかわからないが、現在の同滝は様子が違うように思われる。現在の写真は、HP「日光の旅2」から。相生滝は現在でも数回、沢を徒渉して行く不便な場所にある。
かえって、次の目録番号:5483「日光霧降第一の滝」と同じ滝ではないだろうか。英文キャプションは、ともに同じ「一の滝 日光」。滝左右の樹木や滝下右側には倒木の大木があり、様子が似ている。
3枚目の目録番号: 386「日光霧降滝(1)」の画像解説に、「日光三名瀑の一つに数えられる霧降の滝は上流の一の瀧と下流の二の滝からなる」とあるから、この有名な滝ではないだろうか。
霧降の滝は、現在は危険なため立ち入り禁止。遠望写真のみで、古写真に合う画像を見つけきれない。