長崎外の古写真考 目録番号:6672 成田山下奥

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:6672 成田山下奥

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:6672 成田山下奥

■ 確認結果

目録番号:6672「成田山下奥」の、タイトルにある「下奥」と、時計の意味がわからない。石段上に立つ建物は、千葉県成田市の大本山、成田山新勝寺の「釈迦堂」である。埼玉県川越市の別院「恵比寿天 成田山」ではない。時計の文字盤は干支のようだ。
2枚目の目録番号:1483「寺(4)」( https://misakimichi.com/archives/2367 を参照。実は成田山新勝寺「仁王門」)の背後の建物。石段左右の大杉が同じ傾きで写っている。

「釈迦堂」は国の重要文化財。大本堂左手の広場に建つ入母屋造の仏堂で、1858年(安政5年)建立の旧本堂。
平凡社「大日本全国名所一覧 イタリア公使秘蔵の明治写真帖」2004年11月 初版第二刷発行の234頁 下総之国に、同じ写真が「不動石坂並びに時計」として掲載されている。同解説は次のとおり。

⑧ 不動石坂並びに時計  仁王門をくぐり抜けた地点から旧本堂(現在の釈迦堂、国指定の重要文化財)を望んだものと思われる。現在時計は設置されていないが、階段両脇の狛犬や石段脇の樹木は変わっていない。

巻頭の貴重写真拡大編93頁にも掲載され、詳しい解説は次のとおり。昭和39年(1964)、大本堂を建設するため、写真に写っている釈迦堂は、現在の大本堂の左手に移築されたのである。
現在の写真は、solmare.com 成田山新勝寺の写真素材から。

不動石坂並びに時計  

表参道を過ぎ、現在の第一信徒会館前から門を入ると成田山境内になる。参道の右側に土産物店が軒を並べる広場を堂庭といい、客殿の光輪閣を左に見ながら、石段を登り仁王門(国指定重要文化財)をくぐる。その先の仁王池の橋を渡ると、急な石段が目の前に迫ってくる。写真は石段越しに、当時の本堂(現、釈迦堂。国指定重要文化財)を望んだものである。

石段の手前には、時計様のものが見えているが、現況では見あたらない。石段両脇の斜面は、当時よりも樹木が繁茂し、石造物も増えているが、景観上、当時と最も異なっているのは、大本堂が石段越しに見えている点である。昭和39年(1964)、大本堂を建設するため、写真に写っている本堂は、現在の大本堂の左手に移築され、その跡地に現在の大本堂が建設されたためである。前本堂は、安政5年(1858)の建立で、板壁の五百羅漢など、見事な浮き彫り彫刻が見られる。