長崎外の古写真考 目録番号:1456 不二沼からの富士山(1)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:1456 不二沼からの富士山(1)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:1456 不二沼からの富士山(1)  関連作品 目録番号:1465 同(2)
〔画像解説〕
写真左下に書き込まれている「不二沼」という地名は現実には見あたらないが、当て字だろうか。

目録番号:2245 東海道沼川からの富士山(1)
〔画像解説〕
富士市柏原新田付近の浮島沼(沼川の上流)から北方の山頂に雪の積もった富士山を遠望したもの。沼の水は沼川を通り、田子ノ浦に注ぐ。浮島沼の周囲は浮島ケ原の湿地帯であり、川舟で移動するため、多くの水路網が発達していた。帆を張った川舟には男性が1人が乗る。

■ 確認結果

静岡市HPに、歌川広重が描いた「五十三次名所図会」の作品として、”吉原 不二沼浮嶋が原”が出てくる。不二沼とは「浮嶋が原」ではないだろうか。
東海道五十三次今昔物語ー吉原宿ーHPの中に、八代市ちくたく凡様の寄稿として、次の文がある。

吉原宿から三里半余り、原宿(沼津市原)に着きます。目立たない小さな宿場ですが、白隠禅師が生まれた地で、住職を勤めた松蔭寺があり、ここにも禅師の墓があります。境内のすり鉢松も見ものです。吉原から愛鷹山麓に広がる浮嶋が原湿地帯(富士市・沼津市にまたがる)と富士山を左に見ながらの旅は爽快です。鴨長明が著した『東関紀行』でもこのあたりの風景の美しさは絶賛されています。(今は住宅が立て込んで見えにくくなっています)