慶巌寺の磨崖仏三十三観音  諌早市城見町

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慶巌寺の磨崖仏三十三観音  諌早市城見町

諫早公園の眼鏡橋から見ると、本明川の対岸に見える寺が慶巌寺なので、近くの公園橋などを通って行く。 慶巌寺の参道橋を渡り石段にかかる。岩肌に彫った小さな観音像がある。参道のここのはもっとも右端となるので、川沿い道路の駐車場へ行くと説明板があり、「慶巌寺の磨崖仏三十三観音」の全体が見渡せる。

寺下の崖面の左右に、小さいながら精巧に彫られた表情豊かな三十三体の観音像。まだ彩色が残るものも見られる。一部、崖は崩落している。左隣家の先へも続いているので、回り込んで見る。
諫早には、久山台近く新屋敷交差点から入ったところに同じような磨崖仏三十三観音があり、御手水観音には富川渓谷のような磨崖仏群49体があるので、これらも見てみたい。
いずれも諌早市指定文化財や史跡。現地説明板は次のとおり。
HP ” いさはやWEB情報室 ”の「諌早の歴史と文化を知ろう  名所旧跡編」が、<諫早市の文化財(市教委)>からこれらをよく紹介しているので参照。

慶巌寺の磨崖仏三十三観音  市指定有形民俗文化財 昭和59年7月26日指定

本域南端の第三紀僧砂岩の岩肌に、西を起点として33体の観音菩薩像が整然と彫刻しています。光背型(仏・菩薩の背後に有る光明を示す型)にえぐり込んだ中に、観音像を陽刻してあり、高さ約40cm、幅30cm前後を測ります。観音像の右側には、「西国三十三所○○番」というように番号が陰刻されています。

建立の縁起については、あまり明確ではありませんが、「観音経」に説くように、観音菩薩が33に変化し衆生を救済するという三十三観音信仰思想と庶民の救いを求める願望が合致して成立したものと思われます。
崖面のほぼ中央に記銘があり、
「明和七年  西国三十三観音大士願主福田源太夫母  二月吉祥日」
と記しています。明和七年は西暦1770年に当たります。

なお、三十三観音の祀り方には、石塔の上に観世音菩薩を据えて祀る形と磨崖仏として崖壁に彫り込む形があり、前者では永昌町の八天狗社・金比羅岳頂上の権現堂周りのもの、後者では久山の磨崖仏が知られています。
いずれも当時の民間信仰、習俗を知る上で貴重なものです。
平成11年3月31日                    諌早市教育委員会