新小が倉にある「従是南佐嘉領」の藩境石は、どんなもので位置を動いてないか

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

新小が倉にある「従是南佐嘉領」の藩境石は、どんなもので位置を動いてないか

新小が倉1丁目にある。ここは旧大村領戸町村と佐賀領小ヶ倉村の藩境で、長年の藩境紛争が天明7年(1787)解決し、白崎とともに藩境石が建った。詳しくは別項「大久保山から戸町岳に残る天明藩境石塚の調査」を参照のこと。

石の位置は、断定はできないが当時の藩境が今の町界と変わらなかったら(住居表示実施で町界が変更しているが、この地点は変わらない)、少しは昔の街道筋から動いているだろうが、ほぼ間違いないと思われる。小が倉バイパスの工事前を知る小ヶ倉の年配の人はそう言う。昔の写真は中尾正美編「鍋嶋藩深堀資料集成」にある。