橘湾沿岸の戦争遺跡」カテゴリーアーカイブ

5 千々石(釜山)砲台

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{所在地:雲仙市千々石 釜]
・四五口径三年式十二糎砲を1門設置
・現千々石第一トンネルに確認
・温泉鉄道の廃線トンネル坑道を利用・海軍工廠の証言(釜城戸さん)もあり
・第一〇二分隊稗田秋義少尉の部隊が「愛野砲台」と同時展開
・釜山砲台の呼称も有りか
(高谷氏資料から)

3 網場砲台

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3 網場砲台  [所在地:長崎市春日町]

・四五口径三年式十二糎砲を1門設置(吉岡さん証言)
・老人ホーム「橘の家」付近の県道下の海岸部に、コンクリート砲台1基の格納壕を確認
・左奥砲側庫には鉄板施工、通用坑、換気孔2基、鉄環1基
(高谷氏資料から)

2 枇杷崎射堡基地

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2 枇杷崎射堡基地

[所在地:長崎市飯香浦町・太田尾町]
「射堡基地」とは、陸上から進入する艦艇を魚雷攻撃する基地。沖縄中城湾で実戦利用。横穴壕から敷設レールで発射管を搬出し、射線を確保し、圧搾空気による魚雷発射。「九〇三式連装魚雷発射管二型では、全長8.9m、全幅4.5m、重量12㌧
・海岸部に同規模の格納横穴5基現存
・最大で全高3m、全幅4m、奥行き20mを測る
・住民徴用で造営の証言
・陸上部より海岸部へ、径8cmの鉄製パイプを敷設、残存長80mで、固定用のアンカー部
・圧搾空気等の施設か
(高谷氏資料・画像から)

1 牧島震洋基地

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1 牧島震洋基地

[所在地:長崎市牧島町]
HP「かわたな 知られざる特攻艇」から
牧 島<震洋特攻基地>
終戦間際の昭和20年7月初旬、第四二震洋隊に基地移動が内達され、牧島への移動となる。ここに牧島震洋隊基地がつくられた。
第四二震洋隊・高橋部隊
総員  189名  士官7名/搭乗員50名/本部付21名/整備隊員37名/基地隊員74名
震洋艇 一型艇46隻、五型艇4隻 編成 昭和20年2月15日 訓練地 川棚臨時魚雷艇訓練所