長崎街道辻道標  大村市杭出津

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長崎街道辻道標  大村市杭出津

大村市杭出津3丁目に「長崎街道辻道標」がある。場所は国道34号線から長崎空港へ行く入口の次の交差点「杭出津2丁目」から右折し、大村藩主墓所のある本経寺へ出る手前の路地の角である。ここは旧長崎街道の道が曲がった所。古い標石で、縦29cm、横22cm、高さ75cmの角柱。正面のみ刻みがあり「そのぎ道」と読める。

以前の写真によると、標石の傍に長崎街道案内標柱が立ち「史跡 長崎街道辻道標」「由来 江戸時代、小倉・長崎間に通じていた長崎街道の道しるべで、これよりそのぎ道とあり、大村城下宿から彼杵宿へ行く道標と思われる」とあった。
(HP「長崎街道ボタボタ道中記」及び「長崎街道2(諌早市〜東彼杵町)」の”アーケードを真っ直ぐに進路を取り、杭出津付近から、L字型に街道が曲がっており、ここに「追分石」がある…「これより左そのぎみち」”の掲載写真)
史跡案内標柱は、地主駐車の邪魔になったのか、なぜか今ははずされて立っていなかった。

この標石が「長崎街道辻道標」と呼ばれることはわかった。上の写真の地図のとおり、HP「伊能忠敬測量による長崎県内の主な街道・長崎街道」大村の項にきちんと「街道道標」と認められ、位置と写真がある。
また、HP「長崎県大村市の観光・コンベンション情報 よって行かんね おおむら」の「異国文化行き交う長崎街道」では、”辻道標 長崎街道に残る貴重な道標です。高さが約80cmで「是より左彼杵道」と彫ってあります。”と紹介している。

市中において街道の道筋を故意にL状に曲がらせることは、敵の侵入をふせぐため全国の各所でもよく見られる。ここの大村もその1つであると何かで読んだ覚えがある。
私は本経寺を見学ついでに、5月4日杭出津に初めて寄って、この道標の標石を確認した。あと1つ報告したいのは、この手前の角にも別の道標の標石があるのを見た。

この角は杭出津2丁目となる。黄色の点滅信号機がある交通量の多い交差点。前記写真の地図に、場所を緑●で加え表示してみた。
標石の刻みはすでに薄く、各面に「かやせ□□道」「明治三十三年六月 西大村」とか読める。「そのぎ□□」もあるようだ。この標石の存在は、HPを見たかぎりまったく紹介されていない。
「明治三十三年六月」と新しい時代の建立のためか。地元でもう少し関連づけて説明してほしい杭出津3丁目と同2丁目の2つの標石である。