真謝井戸  石垣市白保 ( 沖縄県 )

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真謝井戸  石垣市白保

サイト「近世以前の土木・産業遺産」沖縄県リストによるデータは、次のとおり。国道390号石垣市白保バス停手前から、南側の市道に入る。嘉手苅御嶽(かでかるおん)前の車道対面に「真謝井戸」はある。柵とロープが張られ立入禁止となっていたから、外観だけしか撮影できなかった。

真謝井戸 まじゃんがー
石垣市 (石垣島) 白保集落 石積井(湧水) 深9.7m 18世紀初期以前 市史跡 WEB 周囲をCブロックと柵で囲み立ち入り制限 『八重山島諸記帳』(18世紀初期)に「真謝井 村内に有」と記載→1771年の明和大津波で埋没→再建/18段の石段で降りていく掘り抜き井戸 3 C

現地説明板は、HP「石垣島の石碑・説明看板(郊外−1)」によると、次のとおり。

真謝井戸 真謝井戸の碑
寛延3年(1750)の頃、真謝村は白保から分封した。真謝井戸は当時村民の飲料水川として掘られたが、明和8年(1771)大津波によって埋められてしまった。白保真謝両村も津波のために壊滅したので、八重山の行政庁蔵元では波照間島から強制移住せしめて白保村を再建し、真謝村は廃村となった。
真謝井戸は琉球王命により、視察のため派遣された馬術の名人馬真謝という人が、村人と共に再掘して永く村民の生活に役立てた由緒ある井戸である。
1966年4月23日 老人会建立   2006年6月 吉日改築
撰文 喜舎場永珣 ・牧野清   寄贈 ヤマト工業(資)

※ 真謝井戸(マジャンガー)は、白保村に残存する唯一の古井戸(降り井戸)で、民謡「シンダスリ節」にも詠まれ、また村人の信仰の対象にもなっています。1950年代に、白保の各戸に水道が導入されるまでは飲料水の源として重要な役割を果たしていました。