赤子谷の石畳 山都町北中島 十田里
サイト「近世以前の土木・産業遺産」熊本県リストによるデータは、次のとおり。国道445号山都町中島西部小先長谷交差点から北東に山中集落に向かう。山中大橋に下る手前の高台に十田里はあり、日向往還が横切るので、標柱に従い農道のその道を登って行くと、赤子谷の石畳へ着く。
この農道は、矢部ゴルフ場の周囲を行き、県道57号の最後の写真小橋(地鶏炭火焼・親子丼・たたきの看板)のところへ出るが、普通車は通らない難路である。私は逆に行った。
赤子谷の石畳の場所はわかりにくいから、前記事の山中橋とも所在図を載せる。
赤子谷の石畳 あかごだに
(上益城)山都町 <日向往還> 石畳道 長120m,幅1.6m 江戸期? 歴史の道・日向往還 保存状態良好 2 C
HP「百街道一歩の日向往還」3金内〜聖橋による記事は、次のとおり。
・その先、下り坂を下りきった所に十字路がある。ここも迷うところだが、右手角に「日向往還道標」があるので、これに従って直進する。
・上り坂となり、すぐ右手に「西南の役 薩軍兵士三人の墓」と書かれた白い標柱がある。…
・この墓地から山道がその先の民家の手前までわずかの区間ある。これを日向往還と言えなくもないが、墓地への連絡道と判断して、元の白い標柱まで戻って、その先を行くことにした。民家の手前で右から下りてきたさっきの墓地からの山道と合流した。
・その先、右手に茶畑がある。
・次の二股は、少し迷ったが右を行く。
・林間の道の先、視界が開け、棚田と茶畑がある。
・その先に二股があり、少し迷って左に行く。
・すぐ先にも二股があるが、ここは迷わず左に行く。
・その先の赤子谷は、竹林の素敵な道だ。山鳩のねぐらがあり、春先から初夏にかけて小鳩が生まれてその鳴き声が赤子の鳴き声によく似ていることから赤子谷と呼ばれるようになったとのことだ。
・やがて情緒ある石畳が続く区間となる。
・左に「日向往還道標」「石畳 赤子谷」と書かれた石標がある。
・その先、左右に分かれる二股があり、迷って立ち止まってしまった。ふと、右を見ると、なんと、H氏の車が待機してくれているではないか。「鬼の巡り石の恋占いの仕方を一歩さんに教えようと思いまして。」とH氏。
・何のことはない、迷った二股の左手すぐ前に昨日も車で案内してもらった鬼の巡り石があるのだ。「鬼の巡り石」は、今にも転げ落ちそうな巨岩で、木によってかろうじて支えられている。…
・言われたとおり、すぐにゴルフ場に突き当たる。「日向往還道標」「矢部ゴルフ場」の道標の矢印がゴルフ場の中を指しているように、ゴルフ場の中に日向往還があり、仙人塚という遺跡があるそうだ。歴史の道調査報告書によると、天正十三年(1585)島津氏と阿蘇氏との戦いでの戦死者を葬ったとの伝承があるとのこと。
・昨日H氏に車で案内していただいたとおり、ゴルフ場の左に沿った道をひたすら歩いた。やがて、左手の自動車道に合流するが、合流して最初の右に入る道を右に入ると、「日向往還」「水の田尾」の道標に突き当たり、旧道に出る。
・この道を右に行き、ゴルフ場の出口を確かめた。ゴルフ場の中を覗くと、今日は日曜日なので、結構人がプレイしているようだ。
・これで、ゴルフ場の入口と出口を確認できたので、そこから、再び日向往還を歩き始めた。林間の気持の良い道が続く。
・突然、牛が繋いである場所に出た。可愛い目をしてうらめしそうに一歩の方を見ている。
・そのすぐ先、「山都町北中島」信号交差点手前で、右手の国道445号に合流する。