藤崎台のクスノキ群  熊本市中央区宮内

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藤崎台のクスノキ群  熊本市中央区宮内

HP「人里の巨木たち 全国巨樹探訪記」による説明は、次のとおり。
写真6枚目以降、バックスクリーン横のが最大株のよう。

名称 藤崎台のクスノキ (ふじさきだいのくすのき)
名称の典拠 天然記念物指定名称(注1)
樹種 クスノキ
樹高 22mほか(注2)
目通り幹囲 20.0mほか(注2)
推定樹齢 1000年(注3)
所在地の地名 熊本県熊本市中央区宮内(注4)
国指定天然記念物(1924年12月9日指定)

注1)2009年3月に熊本県教育委員会が設置した案内板の名は「藤崎台クスノキ群」となっているが、文化庁の国指定文化財データベース(WEB版)に登録されている名は「藤崎台のクスノキ群」と、「の」が入っている。それに従った
注2)環境省データベースより(2001年調査の結果とされている)。ただし、上記案内板では、「最大のものは幹囲12m、樹高28mに及び、(後略)」としている
注3)上記案内板による
注4)2012年4月1日、政令指定都市への移行に伴い、住所表示が一部変更された

国天然記念物の大クス群は、藤崎台県営野球場の裏。…野球場の横をぐるっと回って裏手に出ると、大クスたちが待っていた。ここは白川右岸の井川淵町に鎮座する藤崎八幡宮の旧地である。伝承によれば、八幡宮は、承平3年(933)、平将門の乱の鎮圧を願う朱雀天皇の勅願によって創建。これらのクスノキも、いわゆる鎮守の森の構成員たちであった。明治10年(1877)、西南戦争の熊本城攻防戦で八幡宮は焼失、現在地に遷座した。その後、跡地は軍用地となり、そして昭和35年(1960)に県営野球場ができた。(案内板より)
こんな歴史が、神木としての保護を失ったクスノキを、手つかずのまま今日に残してくれることになった要因なのだろう。とにかく、今ではこれだけ大きいクスノキが群生する場所は、もう他にない。

クスノキたちは、御神木であることを止めて、自然児に返った感じ。幹には多くの蔓が巻き付き、着生植物も多数。よく見ると、それぞれ個性があるようで、すっくと立ち上がって上方に腕を伸ばすものもあれば、横に伸ばした枝先が、文字通り地に着いているものもある。1本ずつ、ゆっくり対面してゆく。
球場からは断続的に歓声が聞こえてくる。しかし、クスノキのあたりに人影は少ない。…2〜3人連れが散歩に来られる程度。藤崎台の名のとおり、ここは市街地より20mほど標高が高い。台地の縁からは町並みがよく見える。天気の良い日には、町から、夕陽に輝くクスノキが見えるだろうか。

国文化遺産オンラインHPによる説明は、次のとおり。

藤崎台のクスノキ群 ふじさきだいのくすのきぐん
天然記念物 / 九州
熊本県
熊本市宮内
指定年月日:19241209
管理団体名:

史跡名勝天然記念物
天然紀念物調査報告(植物之部)第四輯 二三頁 參照
天然紀念物解説 一四〇頁
熊本舊城内藤崎臺ノ一隅ニアリテ、樟ノ巨樹七株並ビ立テリ其中ノ最太キモノハ根幹ノ境界部ヨリ五尺上ノ周圍三丈三尺アリ樹高ハ何レモ概ネ百尺以上ニ達シ壯觀ヲ呈ス