長崎外の古写真考 目録番号:なし 「view on the tokaido」

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:なし 「view on the tokaido」

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:なし 「view on the tokaido」 ベアト撮影

目録番号:5044 箱根街道(3)
〔画像解説〕
現在の小田原市入生田並びに箱根町山崎辺りから湯本方向を眺めた写真である。中央の道は東海道(現在の国道一号線)で、道の両側の民家には荷車や人力車・桶等が見える。兄弟らしき子供3人も写っている。右端に電信柱が見え、明治6年(1873)の東京・長崎間の電信敷設後のものと分る。

■ 確認結果

ベアト撮影の「view on the tokaido」。長崎大学のデータベースには見当たらない作品。HP「ドゥーワンコレクション自由日記2」歴史 のカテゴリで、珍しい次の記事を見つけた。3枚の写真も同HPから。

HPには具体的な撮影場所を記していないが、カテゴリの次記事に、「古老が語る箱根山崎の歴史」という本は、私の地元の郷土資料ですとあり、神奈川県足柄下郡箱根町湯本山崎の風景と思われる。

古写真の撮影地をさがしてみました。 2009年 06月 27日

写真は幕末期に日本に伝来しました。同時期にヨーロッパの写真家が日本に来てタイクンとサムライの時代の日本をたくさん撮影して今も奇麗な状態で現存しているものが多いです。
その中でフィリックス・ベアドという写真家がいます。時々TVなどにも出てくる写真「エジプトのスフィンクスの前に並ぶサムライ」を撮ったのもこの人です。かなり冒険好きだったようです。

ベアドは東海道を歩きその途中の景色を撮影しました。半分以上は場所が特定されていない写真だと思います。その中の一枚に私はどうしても気になるものがありました。
それがこれです。「view on the tokaido」と題されている、江戸時代の東海道。背景の山並みと道の形状がどこかで見たことがある。そんな気がしました。
「これは自分の家の前じゃないのか?...まさか」 思い当たるところから同じ方向に写真をデジカメで撮ってみました。ビビっと きたのはこの場所です。

家並み、松並木はまるで違います。しかし、ここは昔のままの東海道の旧道で、道の形はほとんど変わっていないはずです。ついでに写真を重ねてみました。するとすばらしく道が一致しました。
やったー歴史的大発見です。カメラを見つめる農民らしき人は私のひーひーおじいさんかもしれません。かってに想像がふくらみます。

ちなみにベアドはベネチア人ということですが日本がえらく気に入ったらしく在住したらしいです。当時の日本、危険でもあったと思いますがそれ以上に楽しかったのでしょうね。
またベアドはその後故郷の探検隊がアフリカを探検するということになり、冒険好き魂が復活して写真をとるために日本からアフリカに旅立ったそうです。

なお、長崎大学のデータベースには、似たような作品として、目録番号:5044「箱根街道(3)」がある。「現在の小田原市入生田並びに箱根町山崎辺りから湯本方向を眺めた写真である」解説している。ベアト撮影の写真と場所は少し違うようだが、背景の山などは同じように思われる。