島原市指定有形文化財「礫石原環状石組遺構」  島原市礫石原町

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島原市指定有形文化財「礫石原環状石組遺構」  島原市礫石原町

国見百花台公園から島原市千本木へ行く途中、島原市礫石原町にある「礫石原環状石組遺構」。島原市指定有形文化財(考古資料)で、昭和59年1月10日指定。現地説明板は次のとおり。

礫石原(くれいばる)環状石組遺構

礫石原は三会扇状台地の最西部に当り標高270mに及ぶゆるい傾斜台地であります。この地一帯は藩政時代には砲術訓練の着弾地であり、明治維ごろはは禄を離れた藩士たちの牧場となっていました。
第二次世界大戦後間もなく未耕地約70haが開拓地に指定され、昭和21年(1946)入植がはじまり開拓が開始されるとともに各所で多量の遺物が出土し縄文晩期の重要な遺跡であることが明らかになりました。出土品は農耕生産の要素をもつ資料として注目すべきものであります。
この石組遺構は当時の埋葬施設の中心をなすものと考えられ附近からは合せ甕棺4基のほか焼灰の集積、集石墓10基の存在が確認されており、埋葬祭祀共同体を構成する重要な遺構であります。                       島原市教育委員会