旧陸軍弾薬庫跡 瀬戸内町手安
現地説明板は、次のとおり。瀬戸内町古仁屋から県道79号により手安まで行くと、案内板がある。右折して南部大島自動車学校事務所まで上がると、その前が「旧陸軍弾薬庫跡」である。入口に照明スイッチがあるが、内部の奥まで見学してない。
旧陸軍弾薬庫跡
この弾薬庫跡は、旧陸軍により昭和7年に構築完成され、戦時中は南西諸島及び南方防衛の海陸空軍弾薬貯蔵補給基地として厳戒体制がとられていたため地元民は、この壕の存在すら知らなかった。
終戦により、武装解除とともに大量の弾薬が運びだされ、当地沖の大島海峡にすてられて、初めて弾薬庫という事がわかった。
この施設の内部は網の目に組まれた鉄骨を厚いコンクリートで固め、さらに銅板を張りめぐらせ空気が洩れないように、又、湿気防止のため周囲は空間を設け風圧に耐えるため二重壁の構造になっているなど、当時の弾薬庫としては珍しく規模、構造とも日本で最も優れた施設であったと言われている。
瀬戸内町