長崎外の古写真考 目録番号:3011 函館港の遠景 ほか

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:3011 函館港の遠景 ほか

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:3011 函館港の遠景
〔画像解説〕 超高精細画像データベース
撮影年代は、写真中央付近から左方向にかけて市中に林があることから明治11年(1878)以前であることが分かる。この林は浄玄寺(じょうげんじ)・称名寺(しょうみょうじ)・実行寺(じつぎょうじ)が建ち並んでいるところで、明治11年に大火にあって焼失している地域である。その林の右側の白い建物は函館病院である。撮影位置は現在の船見町(ふなみちょう)と弥生町(やよいちょう)の境付近からで、撮影目的は、撮影年代とも関係してくるが、明治9年(1876)7月に明治天皇が東北巡幸後函館を訪れるが、その際のものではないかと思われる。港内をみると大型の船が碇泊しており、その船形をみると明治9年7月16日から18日まで碇泊していた明治丸と思われる。明治丸の舳先の右下の建物は天皇が上陸した税関である

目録番号: 539 山手からの函館市街
〔画像解説〕
函館山側から函館市街と函館港を望む。彩色は乱雑で、かなり色褪せてしまっており、映像は極めて不鮮明。手前に草木の緑、その先に市街地、中景に港湾、遠景に亀田半島の山並みが見える。

■ 確認結果

目録番号:3011「函館港の遠景」などは、〔撮影者:長谷川吉次郎〕と思われる。
学習院大学史料館編「明治の記憶ー学習院大学所蔵写真」吉川弘文館2006年刊26頁に、明治9年(1876)明治天皇東奥巡幸写真として掲載されている。同解説は次のとおり。
巡幸に随行した写真師は、内田九一の弟子「長谷川吉次郎」であった。(13頁)

21 函館港
北海道函館市は、近世から松前三湊の一つとされ、日米和親条約により安政2年(1855)開港、明治2年(1869)の函館戦争の舞台となった。北海道の玄関口として栄える。明治天皇一行は、7月16〜18日函館に滞在し、五稜郭等に臨幸した。図は、函館山からの市中を俯瞰したもの。