長崎外の古写真考 目録番号:1274 運河沿いの農家

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:1274 運河沿いの農家

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:1274 運河沿いの農家
〔画像解説〕
キャプションに「横浜の運河沿いの農家」とある。横浜の運河沿いであるが、場所は未詳。F.ベアトの撮影。

■ 確認結果

目録番号:1274「運河沿いの農家」は、同写真を当時、模写した絵があり、須藤功氏編著「【図集】 幕末・明治の生活風景 外国人のみたニッポン」東方総合研究所1995年刊の第14章列島の町と人312頁に掲載されている(転載不可)。同解説は次のとおり。
キャプションの「横浜の運河沿いの農家」とは、異なった解説となっていて、正しいかわからないが、撮影年代や場所の推測はできるだろう。

河畔の家——手前の堀川は、横浜の外国人居留地の境界にするため、万延元年(1860年)に開削された。そのとき居留地になる地内に住んでいた者は、山手の元村に移住させられた。図の家もそうした家で、原図では貧しい家となっている。だが、それは外国人の目であって、図を見るかぎり、貧しいという感じはしない。元村の人々は、やがて外国人を相手に商売を始め、成功する。 出典32