三和の散策 (3) 為石の風景・史跡  長崎市為石町

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三和の散策 (3) 為石の風景・史跡  長崎市為石町

長崎市の三和地区は、市街から南西に突き出した長崎半島の中央部に位置する。三和の散策(3)は、為石の風景・史跡。為石町は次項も続く。
昭和30年2月、蚊焼・為石・川原三村合併で「三和町」が誕生。平成17年1月4日、長崎市に編入された。

高島浄水場の貯水池、どんどん坂があった渕の岩場、長崎市立三和中学校と大川の鯉流し、為石橋とさんとぴあ21、大川河口と大川橋、サンプラザさんわ、女島遭難供養碑等、西教寺、同寺裏のアコウ、長崎市立為石小学校、宝性寺、浜川の地蔵

長崎さるくマップブック「三和界隈」82頁による説明は次のとおり。

写真 11〜   8 女島遭難供養碑等
「女島遭難供養碑」「溺死万霊塔」「群霊塔」の供養塔3基があります。明治後期、女島付近に豊富な珊瑚礁が発見され、為石は珊瑚ブームに沸き多くの珊瑚船が出漁しました。しかし明治39年(1906)の台風襲来で71隻が転覆。197名が溺死する大惨事となりました。慰霊碑には朝夕、参拝者の香煙が絶えません。