櫛来のシシ垣 国東市国見町櫛来
サイト「近世以前の土木・産業遺産」大分県リストによるデータは、次のとおり。図資料は国東市提供の郷土誌から。私が訪ねたのは、権現崎近くの尾根。地元松川氏の案内で、国道213号道の駅くにみ前から国見海洋センター左横の荒れた林道(普通の車は通行不能)をしばらく登った雑木林の高台。シシ垣遺構を写真のとおり確認できた。
後ろの写真は、シシ垣開口部の海岸埋立地から見た櫛来周辺の山々の尾根。
櫛来のシシ垣 くしく
国東市 (国見町櫛来) 鹿垣 長12㎞(当初),土手上部幅約1m,下部幅2,高1.3m 享和2(1802) 市教委 樹木で侵食 櫛来地区を完全に取り巻くように造られた鹿垣(開口部は港のみ)/猪ではなく鹿を防ぐため(村人が信仰していた櫛来社では、鹿を殺したり食べたりすることを厳しく禁じていたため、侵入を防止するしかなかった) 3 A
この項は、次のブログ「岐部氏の正月屋敷探検 〜 国見町」記事も参照。櫛来との境となり、同所あたりの山中でも、シシ垣遺構を確認できることを記している。
http://blogs.yahoo.co.jp/mikey0505jp/64126957.html
(2015年11月3日 追 記)
上記「岐部氏の正月屋敷」の記録確認のため、10月25日に現地を訪問した。国見町の新涯隧道からオレンジロードにより南東へ向かう。岐部川へ出る手前の「尺間神社」赤鳥居横がこの林道入口のようである。
かなり登り林道が未舗装となる手前から分岐道に入り、上部の尾根一帯を探したがわからない。上部は果樹林で、現在のシシ網は長く仕掛けられていた。林道を戻る途中、道脇の広場にシシ垣らしい土塁を見たが、ここかどうかは不明。