迫 池・西迫池  杵築市南杵築 ( 大分県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

迫 池・西迫池  杵築市南杵築

サイト「近世以前の土木・産業遺産」大分県リストによるデータは、次のとおり。杵築市街の中心部、杵築市役所前の通りを西へ進み、新道バス停から住宅地の中を道なりに南に行くと、2つの池がある。地図によっては、「東谷池」「西谷池」と表記するのもある。

この両池については、水土里レポーターの「改良区に関係する池の紹介」(Adobe PDF)を参照。
http://www.inakajin.or.jp/Portals/0/01jigyoukankei/kikaku/midorireportar/0826ooita1.pdf#search=’%E8%BF%AB%E6%B1%A0%E6%9D%B5%E7%AF%89%E5%B8%82′ 私の撮影写真は、写真1〜4が迫池(東下司溜池)、写真5〜13が西迫池(西下司溜池)。後ろの写真14〜16は、新道ロータリーに残る(移設?)この付近の井路紀念碑。関連が不明だが、「迫池」の文字も刻む。

迫池 さこ
杵築市 (南杵築・東下司) 溜池 堤長約60m 延宝年間(1673-81)?、 文久2(1862) WEB 杵築藩初代藩主・松平英親の命により築造された溜池/文久2、白水池の余り水を補給する目的で、中溝〜下原間540mを地下水路に設けて迫池と西迫池に引水/両池で26haを灌漑 2 C

西迫池 にしさこ
杵築市 (南杵築・西下司) 溜池 堤長約50m 延宝年間(1673-81)?、 文久2(1862) WEB 杵築藩初代藩主・松平英親の命により築造された溜池/文久2、白水池の余り水を補給する目的で、中溝〜下原間540mを地下水路に設けて迫池と西迫池に引水/両池で26haを灌漑 2 C