提子井手(野津原三渠)  関係市町村 由布市・大分市 ( 大分県 )

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

イメージ 19

イメージ 20

イメージ 21

イメージ 22

イメージ 23

イメージ 24

イメージ 25

提子井手(野津原三渠)  関係市町村 由布市・大分市

サイト「近世以前の土木・産業遺産」大分県リストによるデータは、次のとおり。資料は、大分県農林水産部農村整備計画課発行パンフレット「生涯を井路開発に捧げた郷土の大恩人 工藤三助」提子(ひさご)井路から。
私の撮影写真は、下・中流部から上流部取入口(由布市庄内町五ケ瀬 芹川第一発電所下流)までの主な現況。井路の詳しい説明は省く。
当時の取入口は、河原写真に九電送水管が渡っている地点に堰があった。その先は素掘りトンネルで、現在も九電送水管がこの中を通っている。この区間に一部、廃止された水路があり、石張りが残っている可能性があるが、荒れた山林内で踏査不能。トンネルを出たコンクリート塔は、発電用と農水路の水圧を調整するためらしい。
初めの写真には、由布市狭間町谷小学校内の「工藤三助顕徳碑」や、同町小野の提子公園内「提子井路之碑」を含む。

提子井手 ひさご
由布市・大分市 野津原三渠 用水 宝暦6(1756) WEB 石張りが残る 設計・施工: 肥後藩領谷村手永の惣庄屋・工藤三助、享保の大飢饉で中断し三助死亡後は、孫で三助の養子となった弁助が遺志を継ぎ、佐藤清兵衛・武四郎の協力を得て完成/それまで荒無地だった山間部に用水を引いて水田化した 2