水準点が乳神様になった? 山岡光治氏著「地図に訊け!」ちくま新書から
山岡光治氏著「地図に訊け!」ちくま新書56〜58頁から、水準点の面白い話を以下のとおり。全国の場所はわからないが、水準点が「乳神様」として拝まれている。もちろん古い標石の話だ。
頭部のあの丸みをおびた突起が乳房を連想させた。なんの石かわからず、子授け・安産・乳の出がよくなるような神様としても崇められることとなったのだろう。
この型の古い標石は、長崎にも2地点で見てる。深堀有海の森節男氏宅中庭と南山手グラバーヒル入口近く自動販売機の裏に、写真のとおり忘れ去られてある。現行地形図で今も位置が表示され、現役として使用されている。深堀のは明治34年測図の国土地理院旧版地図から水準点がある。
● 水準点が乳神様になった?
本題にもどって、高さについても三角点と同様に日本水準原点だけからその都度地図整備地域の測量を進めるのでは非効率だから、あらかじめ日本水準原点を基点とした標高が明らかな基準点(三角点や水準点)を各地に設置して測量に使用する。
水準点の高さは、日本水準原点を基にして直接水準測量によって高さが求められ、その水準点標石は国道筋に約二キロメートル間隔で設置されていて、日本全国に約一万八千点ある(水準点は、正確な位置の情報はもっていない)。では、三角点の高さはどのようになっているかというと、地形条件によって水準点から直接水準測量(図—18)、あるいは間接水準測量(図—19)によって求められる。
日本水準原点から始まる各地の水準点は、三角点と同様に陸地測量部が測量し、標石を設置してきた。水準点が設置されている敷地は一坪にも満たない狭いものであるが、そのほとんどは土地の買い上げも行わず、しかも土地借り上げ料といった補償もなしに、お上が強権で公・私有地に設置してきた。そして地元では「けっして、動かしてはならない」、あるいは「大切に保存しなければならない」と固くいい伝えられた。
その結果、設置当初は国道脇にあった標石が、時間の経過によって畑の中や一般住宅の敷地内、あるいは玄関先や畜舎の中になる例も珍しくなかった。どんな状況になっても、頑として元の位置に存在する。手が加えられなかった結果、同一地点での長期継続した地殻変動が捉えられるから、「動かしてはならない」といういい伝えは、まんざら無意味ではない。また、設置場所によっては開発の手が及ばない旧道脇の畑の中、使われなくなった山中の旧道近くに存在することになって、設置以来まったく測量に使われなかったと思われる水準点標石もある。最新の地形図には記載されていないが、北海道石狩市の旧雄冬峠、標高約千メートルや栃木県日光市・福島県檜枝岐村境の旧引馬峠、標高約千八百メートルなどにも設置された。
さて、地図でも測量でも、間違いほど面白いものはない。残念ながら収集したスクラップを散逸してしまって、所在情報も含めて確かな様子は分からないので私の記憶であるが、次のようなほのぼのとした話がある。
とある小道の傍らの石に賽銭が積まれ「乳神様」といい伝えられていた。だが、実は水準点標石だった。標石が、妊婦に拝まれるありがたい石になったのだ。標石頭部の特徴的なふくらみが乳房を連想させたのだろうか。若い女性が願いをこめて触れた乳房のような頭部は、身代わり地蔵のようになでなでされているのだろう。その水準点標石の頂は、時間とともに丸みが穏やかになり、今は標高が低くなっているかもしれない。